スペシャルティコーヒー豆 AKAGAWA

新たな出発(2)

オープン前の不安

2002年11月21日のオープンに向かって、 11月18日より家内と3人のパートさん達が入り、準備と訓練を始める。 私自身もコーヒーの品質や焙煎に関しては、何ら不安は無かったが、 喫茶営業を自らの手でやる事の不安は大きかった。 過去のコーヒー人生30年の中で、指導的立場が多かったので、 実際に現場でコーヒーを抽たり、調理したり、接客したりの経験は殆ど無く、 全て頭の中だけで、社員を指導し、コーヒーショップをオープンしてきた。

いざ出陣となると、全て解っていても不安なものであった。

9坪の店に飾りきれないお祝い

新規オープンに付き物の、お祝いの生花が5本くらいは来るだろうと、 期待はしていたが、オープン前日から当日にかけて、 20本くらい来て、店内から店の周りと飾り、とうとう2日後には、 長崎屋の店長から嫌みを言われ、店外の物を家に持ち帰ったり、 花屋さんに下げてもらった。 この時ほど人の心の温かさを人生の中で一番感じた。

オープンから良く売れたケーキ

お店の営業は、1.喫茶 2.コーヒーの挽き売り 3.ソフトクリームのテイクアウト の三本柱でスタートする。 オープン1ヶ月は、近所や知人達のお祝いで、喫茶は繁盛するが、 コーヒーの販売はいまいちで、モカソフトに至っては殆ど売れない状況が続く。 当時、長崎屋でケーキを販売している所が無く、ケーキのテイクアウトは始めから売れたが、 仕入れ総額の半分をケーキが占め、利幅が無いことから、店の利益を圧縮する要因になる。

喫煙者にとってタバコはコーヒーと砂糖のようなもの

オープン当日の夕方、長崎屋の店長が顔色を変えて、店に飛び込んでくる。

「赤川さんタバコはダメだ、止めてくれ、周りの生鮮売り場に迷惑だ。」

の一言で禁煙喫茶になる。 それからの数ヶ月、毎日お客様が、

「あらー、禁煙なの?それじゃ、いいや。」

で帰る人が続出する。 オープン前から灰皿も取りそろえ、禁煙に成ることなど予想もしていなかった。 これが第一のつまずきであった。

馴染みのない物に対する偏見

オープン前から一番売れると、確信を持っていたモカソフトが全く売れない、 モカソフトに馴染みがない事、コーヒーが入っている事で、 子供がモカソフト食べたいと言うと、

「ダメダメ!あれはコーヒーよ。」

と直ぐに親が否定する。 これには参った。 普通でないもの、新しいものに対する、大人達の子供に対する否定的な言葉には、 相当の期間悩まされた。

オープン3ヶ月は100gのお客様が大半

コーヒーの挽き売りは、最初から相当時間がかかると思っていたが、 それにしても売れない。 この地域の人達はコーヒーを飲まないのでは?と、疑いたくなるほど買わないし、 買っても100gで、10杯分のコーヒーをいつどのようにして、飲むのか不思議な気がする。 少しづつ増えたお客様は、大概の人が千葉市のデパートまで買いに行ってた人達で、

「近くに本格的な店が出来て良かった。」

と喜んでもらえた。

赤川さんは趣味でお店を始めたの

11月末のオープン、12月の晦日、1月の正月と過ぎ2月に入ると、 急に喫茶も暇になってきたが、常連のお客様も何人か出来、

「本当にここのコーヒーは美味しい。」

と言って頂けるようになる。 しかし平日は喫茶に入るお客様も、少ないときは10人足らずの日もあり、 長崎屋に出店しているテナントの人から、

「赤川さんは趣味でお店を始めたの?」

と言われるくらいに、 コーヒー専門店が、この場所に合っていないと周りには感じられている様だ。

オープン半年で迷路に入る

オープン半年が過ぎ、この地域の長崎屋に来る人達の、消費動向が掴めかけて来た。 店の向かいの鯛焼き屋さん、朝から閉店まで並ぶ。 横の魚屋さん年中半額表示の商品。 夕方になると必ず100円になるパン屋さん。 どの店も本当に良く売れる。 そんな中で我が店だけが、一切値引きなし、 コーヒー豆の価格も長崎屋の棚に並んでいるコーヒーの3倍以上、 これではここの市場では通用しないと思い始める。

しかしコーヒーの評判は、予想したとおり良い。 これからが正念場と決意を新たにする。

記:2005年3月

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